2013-03-11 17:19
しあわせ運べるように
東日本大震災発生から2年目の今日、あらためて鎮魂の祈りを捧げます。
被災地から遠く離れた土地で日常を繰り返している私共に、
いまなお先の見えない復興の兆しに心痛められる皆様に対して
お慰めできる言葉を見つけることが出来ず
忸怩たる思いに駆られております。
『地震にも負けない強い絆をつくり
亡くなった方々のぶんも
毎日を大切に生きてゆこう
傷ついたふるさとを元の姿にもどそう
やさしい春の光のような未来を夢み
響き渡れ、ぼくたちの歌、生まれ変わるふるさとの町に
届けたいわたしたちの歌
しあわせ運べるように
これは、『しあわせ運べるように』という曲の2番です。
1995年1月17日阪神淡路大震災発生から2週間後、
小学校で音楽専科教諭を務める臼井真氏が作詞作曲されました。
生まれ育った神戸の街が瓦礫と化し、
勤務先の小学校も2千人以上の方々の避難所となり、
胸張り裂ける思いを抱えた臼井氏は、
自分の愛した街は死んだのではなく傷ついただけなんだという
メッセージを子供たちの歌声に載せて伝えたかったといいます。
歌詞のなかの「神戸」の箇所は「ふるさと」に置き換えられ、
この曲は東日本大震災の被災地にも響き渡りました。
阪神淡路大震災、関東大震災や戦争の混乱から立ち直り
復興にご尽力くださった先人たちに習い、東日本大震災においても、
私たちはもう一度初心に立ち返り「しあわせを運べるように」
毎日を過ごして参りますことをお約束いたします。
被災地から遠く離れた土地で日常を繰り返している私共に、
いまなお先の見えない復興の兆しに心痛められる皆様に対して
お慰めできる言葉を見つけることが出来ず
忸怩たる思いに駆られております。
『地震にも負けない強い絆をつくり
亡くなった方々のぶんも
毎日を大切に生きてゆこう
傷ついたふるさとを元の姿にもどそう
やさしい春の光のような未来を夢み
響き渡れ、ぼくたちの歌、生まれ変わるふるさとの町に
届けたいわたしたちの歌
しあわせ運べるように
これは、『しあわせ運べるように』という曲の2番です。
1995年1月17日阪神淡路大震災発生から2週間後、
小学校で音楽専科教諭を務める臼井真氏が作詞作曲されました。
生まれ育った神戸の街が瓦礫と化し、
勤務先の小学校も2千人以上の方々の避難所となり、
胸張り裂ける思いを抱えた臼井氏は、
自分の愛した街は死んだのではなく傷ついただけなんだという
メッセージを子供たちの歌声に載せて伝えたかったといいます。
歌詞のなかの「神戸」の箇所は「ふるさと」に置き換えられ、
この曲は東日本大震災の被災地にも響き渡りました。
阪神淡路大震災、関東大震災や戦争の混乱から立ち直り
復興にご尽力くださった先人たちに習い、東日本大震災においても、
私たちはもう一度初心に立ち返り「しあわせを運べるように」
毎日を過ごして参りますことをお約束いたします。